自分しか知らないことを言い当てられたら、その人を一気に信用してしまう。
そんな経験はありませんか?
「どうしてそんなことまで分かるの?」
そう思うようなことを言われると、
「この人は本物だ」と感じてしまうのも無理はありません。

実際、霊感がある人は、私の周りにもそれなりにいます。
ただ、霊感があることと、霊視鑑定ができることは同じではありません。
そして、仮に霊視鑑定ができたとしても、それだけで浄霊ができるとは限りません。
さらに言えば、
浄霊やヒーリングを行っていても、霊を映像として明確に見ているとは限りません。
つまり、
- 見えること
- 言い当てること
- 原因に対応すること
「言い当てられた=本物」とは限らない
見えない世界の話は、本人以外には確認しにくいものです。
だからこそ、そこにつけ込んで不安を煽ったり、依存させたりする人がいることも事実です。

もちろん、本当に霊視や霊的な対応をしている人もいるでしょう。
私は、
「霊視ができると言っているから本物」
「自分しか知らないことを言い当てたから信用できる」
と、それだけで判断するのは危険だと思っています。
特に、悩みが深くなっている時や、藁にもすがるような気持ちになっている時ほど、冷静な判断が難しくなります。
大切なのは、盲目にならないこと
見えない世界を否定する必要はありません。
一方で、見えないからこそ、何を言われても信じてしまわないことも大切です。
言われたことを一度受け止めた上で、
「本当にそうなのか?」
「自分はどう感じているのか?」
「その人は、何をしてくれる人なのか?」
と、一歩引いて考えてみる。
誰かに答えを預けきるのではなく、
自分自身でも見極める余地を残しておく。
私は、それが大切だと考えています。
天然石も「見極めるためのサポート」の一つ
私が天然石を扱っているのも、何かを盲目的に信じてもらうためではありません。
気持ちが乱れている時には、まず落ち着いて自分を見つめる。
そして、目の前のことを冷静に考える。
そうした時間を支えるものとして、天然石を取り入れることがあります。
アメジストやラピスラズリなど、石によって私が感じる役割はありますが、
「この石を持てば真実が分かる」という単純な話ではありません。
大切なのは、石の力に委ねることではなく、サポートとして利用すること。
自分自身の感覚や判断を取り戻していくこと。
見えない世界と向き合う時ほど、
最後に大切にしたいのは、
「自分で見極める」ということなのだと思います。